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若い女性に嫉妬するオーバー30歳の女は若さボーナスが終わったことを受け入れるべき

若さを失い中年の仲間入りをする30歳からは「25歳以上はもう女の子じゃない」どころの話ではなく、おばさんという新しいアイデンティティを受け入れる必要がある。

 

女性は一般的に無能でたいした美人でなくても若く肥満でさえなければ価値が与えられている。性的な価値だ。女子高生や女子大生といった何の社会経験もなく生産性もない存在でもその気になれば金を稼げるのはそのためだ。

 

そしてその性的な価値を与えているのは男性である。男性が認めなければ女の性には価値はない。現在男性の性に価値はないが、それは女が価値を認めていないからだ。

 

男性は学業やスポーツや仕事で成果を求められるが、若い女性はただのほほんと最低限小奇麗にさえしておけば衣食住を与えられ物を貢がれ男からアプローチをウケるというニートポジションが許されるのだ。実に羨ましい。

 

さて、このニートポジションがなぜ許されるのか?といえば今述べたように若い女性には性的価値があるからだ。人間的価値や職能的価値といった努力を要することなく、男性から与えられた性的価値で男性からアプローチを受け搾取するというニートのような振る舞いが許されるのである。まるで夢のような生活である。

 

男性にもし同じような話があるとしたらそれは十中八九詐欺でしかない、ついこないだも近所の自動販売機にそういうチラシが張ってあった。男性には本当にうまい話は向こうからはこない。男性が同じような事をしようとすれば、それはヒモとしてのスキル・才能・努力が求められる。女がただぼーっとしてるだけでアプローチされ衣食住や金を用意させられるのとは大違いである。

 

いわば男性のヒモは職業にちかく、若い女の貢がせるやり方は一方的に与えられるだけで正反対なのだ。そこにはなんの努力もない、せいぜい人並みに食事や運動をして最低限の身だしなみをすればいいだけである。

 

だがこんなうまい話が続くわけがない、女がこういったいたれりつくせりの待遇を受けられるのも若い内だけである。いわばボーナスステージなのだ。女も30歳が近づき若くなくなってくると男も底までの魅力を感じなくなり、ちやほやしたりアプローチしたりしなくなる。礼儀がなってなかったりミスすれば怒鳴りつけられるし、ドラマのように泣きながらビンタしても真顔で顔を張り倒される。

 

冷静に考えれば当たり前の話だ。当事者の片方だけが一方的にアプローチし交際コストを負担する関係の方が不自然なのだ。いわばそれまでが女尊男卑であっただけで、本来の男女平等というあるべき関係に引き戻されただけの話なのだ。それをもう若くなくなった女は言うに事欠いて20代の女性なのに嫉妬して「若くて綺麗な女がいいのか!」「男は女の中身を見ていない!」などと曰うのだ、30歳になるまでの自分自身の振る舞いを思い出してみるがいい。そもそも中身などあったものではないではないか、そこにいたのはただ男に依存してぶら下がっているだけの女「性」だけだ。人間がいない。

 

25歳からは女の子ではないが、30歳からは女ではなくおばさんの仲間入りをする。もう若さボーナスはない、自分から男にアプローチしなければ男性からは声をかけてこない、なぜならわざわざおばさん(30歳なので少なくともおばさんにはなりかけている)に声をかけなくても10代20代の若い女の子がいっぱいいるからだ。

 

また自分がプレゼントした以上のものが返ってくる事を期待してもいけない、価値がないのだからこれからは同じ分が返って来たらそれに喜ぶべきである。

 

これを見て「ひどい」と感じる女もいるかもしれない、だが男は若い時ですらずっとそうなのだ。30歳以上にはもう女に価値がないといったが、それは男性と同じ程度にしかないという意味でもある。無価値ではなく優位な価値がないという意味で、それは同価値ということだ。本当の意味で女自身の人間が試されるのは30歳以降と言ってもいい。

 

どんなアホでバカでわがままな女でも若い間は価値があるので、甘やかしてもらえる。これが若さボーナスだ。だがそれをなくした30歳以降からは中身が求められる、男性から与えられた性的価値ではなく自分の足で立って獲得する価値が求められる。

 

このことを自覚せずに若い女性に嫉妬するオーバー30は、やたらと無理な若作りをしたり、あるいは昔自分が嫌いだったはずの若い女性を攻撃するお局のような存在に成り下がるのだ。

 

加齢を受け入れろ!もう若くないぞ!耳の裏から変な臭がするし肌も汚いぞ!でもみんなババアになるのは同じだぞ!

 

男に甘えるとは、つまり若い時のようにアプローチを求め続けること、与えられることを求め続けることだ。甘やかされるのが許されるボーナスステージは終わった、これからは自分からアプローチするのだ、自分から価値を提供するのだ。

 

35歳女性定年説〜35歳で女は女性からおばさんになる〜

おばさんは何歳から?という問いには答えが用意されている、答えはもちろん「30歳から」だ。だがこれは半分正解で半分間違いだ。女としての価値が急激に落ちるという意味でおばさんというのは正しいが、女としての価値が完全になくなるわけではない。

 

実際に女としての価値が(男性から見た性的魅力が)なくなるのは35歳からだ。

 

つまり25歳辺りから徐々に下り坂が始まり、急な下り坂が始まるのが30歳であり、坂を下りきって平坦になるあたりが35歳という意味だ。これが世に言う35歳女性定年説である。

 

プログラマー35歳定年説や転職35歳限界説と同様に、女性としての魅力で戦える限界が35歳ということである。(もちろん個人差はあるし常識が変わっていく可能性もある)

 

35歳からは「おばさん」としての女を頑張るべき

ここまで言った女性の価値というのは男性から見たときのセックスアピールという意味であり、性的な魅力の話である。子供を育てたり女ならではの価値観は無関係に残っているので、女は性的魅力が全てだ!などという女性蔑視の意見を表明するつもりは一切ない。

 

もし不機嫌になったりする女がいるとすれば、それは男性からの性的な評価に依存した形でしかアイデンティティーを築けていないということであり、何よりその女自身が女の価値は男からの評価のみで決まるという考え方をしているという証拠である。

 

女性としての残存価値は減っていく一方だからこそ若い時間を大切にしろ

女性は加齢に従って市場価値を償却していく。よく言われるように、男性が積み上げていく人生とするなら女性はすり減らしていく人生だ。どちらにも一長一短があるのでどちらが悪いということではない。

 

例えば男は年長者と比べて常に価値がないとみなされる縦社会の下から人生をスタートさせる。苦難と苦痛に満ちた道である。

 

だが逆に女は生まれた直後から価値が上がっていき、20前後で社会的価値のピークを満喫することが出来るのだ。高校出たての何の技術のない人間でも、女ならその気になれば汗水流して働く父親世代の数倍ものお金を稼ぐ道が用意されている。ただイヌやネコでもやっている交尾の真似事を少し丁寧にするだけで、である。

 

そして女は、自分より目上の同性を「あの人の歳知ってる?おばさんじゃんwもう女終わってるしwww」などと小馬鹿にするような発言をするのである。(よくスタバなどで女子中高生が言ってます)そして自分がその年齢に近づいてくると「まだ若い」「まだおばさんじゃない」などと自分に言い聞かせるのです。

 

滑稽ですがこれは女によくあるパターンです。

 

年を取ってからも女性には価値(魅力)があると主張する女は、若い時に価値があるという女の人生のメリットを享受し老いた同性を無価値と叩いておきながら、いざ自分が価値がなくなると手のひらを返して駄々をこねているのです。

 

私が言いたいのは、手遅れになってそっぽを向かれる前にしっかり自分の価値を大事に利用しなさいということです。選り好みしたりしているうちにもどんどん価値はしぼんでいきます。若い時に相手にしなかった男性からそっぽを向かれる時が来るのです。そうなったら、もう手遅れです。出来るのはせいぜい媚びを売り、恩を売り、昔の思い出や関係の力にすがってなんとか男性を振り向かせることだけです。なので若い女性はその時は「つまらない男だなぁ」と思う相手にも積極的に媚びを売っておけば、35歳で女性を停年しておばさんになったときに「つまんない女だな、おばさんやんけ」などとそっぽを向かれずに済むのです。男性から見ればもっと綺麗な女性がいるのにわざわざおばさんを選ぶ意味がありませんからね。企業だって仕事の出来る若い社員を雇わずに仕事もできない中年を雇わないでしょ?同じことです。仕事のできない中年の唯一の手段があるとすれば、昔のコネを使って頭を下げてなんとか食い扶持を貰うくらいのものです。35歳で女性を停年したおばさんも同じ事なのです。

 

気に入らない、受け入れたくない現実があると、人はそれを拒むために都合の良い理由を持ってきて否定しようとします。つまらない理由をでっち上げて居心地の良い世界に逃げ込む暇があったら、少しくらい努力を始めてみてはいかがでしょうか?定年を迎える前のまだ女性であるうちに。

道で横に広がって歩く女ってバッファローかなにかなの?

「人に迷惑をかけるな」子供の頃から誰もが言い聞かされる言葉の一つです。普通の人間は小学生くらいにもなれば、迷惑をかけないように、かけてしまったら繰り返さないように反省するようになります。

 

これは人間として最低限持つべき意識であり、社会生活を営む上で守るべきルールを身に付けるために必要な姿勢です。もし迷惑を繰り返しかけているのに反省すらしない人間がいるとしたら、それは理性の欠落した人間として失格の存在とみなされても仕方ありません。

 

なので普通の人は周囲に迷惑をかけないようにしますし、気づいたらすぐにやめるようにします。しかし、実は一部には「人に迷惑をかける」ことが常態化している種類の人間がいます。こそこそとではありません、堂々と迷惑をかけるという人として恥ずかしい事を平気でしているのです。

 

一体どのような人間なのでしょうか?平気で迷惑をかけて、恥ずかしげもなく堂々としている人間として失格な連中とは誰なのでしょうか?

 

答えを言いましょう。それは「道を広がって歩く女」です。

 

知ってますか?道を広がって歩く奴の90%は女

もちろん女性の中には道に広がって歩かないしっかりした人がいることもわかります。ですが、道に広がって歩くのは9割が女です。

 

正確には「道に広がって歩いてとうせんぼをして通行人に迷惑をかける奴の9割が女」です。これは間違いありません。

 

男性なら道に広がって歩きません。仮に歩いていても最低限通れるスペースは開けています。また仮に歩いていても後ろの通行人にだいたい気づくことができます。おっさんでも子供でも同じです。

 

しかし女の場合は違います。ババアからガキまで道を塞ぎやがります。大抵の場合は全員下らないおしゃべりに夢中になっているので後ろの人間の存在に気づきません。ちなみに話の内容は「こないだ佐藤さんがXXしてたの〜」「うそ〜信じられな〜い」などのようなその場にいない共通の知人の悪口が99%です。

 

これだけでも「なんだこの生き物?」と思ってしまうところですが、これは序の口です。後ろから来た人間に気づかないのはまだ理解可能ですが、もっと理解不能なケースすらあるのです。それは前から来た人間に気づかないことです。

 

前から来た人間にすら気づかないおしゃべりに夢中な女

後ろからの人間に気づかないのはまだ理解できるし酌量の余地がありました。しかし、奴らは前から来た人間にすら気づかないのです。まるでアメフト選手のように集団で固まったままタックルをかましてきます。

 

いや目は前についてるじゃん?顔も前向いてたじゃん?本気でバカな生き物なのお前ら?

 

ここまで来ると性別の差を超越した何か圧倒的な差があるとしか思えません。

 

男女の能力差についてどっかの賢い人たちが議論・研究を重ねてきました。「平等という前提ありきだ!!」と批判される事こそあれど、女性学者やフェミニストたちが懸命の努力の結果築き上げ、ついには社会に受け入れられるようになった価値観があります。それは「男女に差はない、仮にあるとしてもそれほどの差はない」という考えです。今や社会の常識とすらされています。

 

私は声を大にして言いたい。バカじゃねえの?まだそんなの信じてんの?あいつら見ろよ、前に人がいることすらわからねえんだぞ?畜生共ですら気づくことだぜ?

 

はっきり言って、いえ贔屓目(おじょうちゃん、これは「ひいきめ」って読むんだよ!)に言っても同レベルの知性があると思えません。「人に迷惑をかけるのは恥ずかしい事」という前提すら共有できていない気すらしてきます。

 

道に広がって歩く→迷惑をかける→恥ずかしい事・悪い事

 

女はこれがそもそも理解できていないのではないでしょうか?いえ、考えてみればこのパターンもありえます。

 

道に広がって歩く→迷惑をかける→は?だからナニ?

 

恥ずかしいとか悪いことという観念自体がないのでしょう。平気でAVに出演する女の人がいることを考えれば、AV出演→は?だからナニ?と言う風に同じ流れになっていると理解できます。

 

 

 

前から来る人間に気づかない女という信じられない存在がいることを説明しましたが、世の中は広い。下にはまだ下がいる。これを上回るとんでもない最低女達が存在するのです。

 

知性の最終退化系:気づいた上でぶつかってくる女

こいつらに至っては完全に意味がわかりません。

 

前からぶつかってくる連中に対してはまだ100歩譲って「目の前にある事に気づかないことってあるよね?」「メガネかけてるのにメガネ探すことだってあるしね」と、「前から歩いてきて、それで気づかない事もまぁありえないでもないかなぁ〜」と広い心を持って受け入れることがまだ狩野です。

 

しかし奴らとは違い、完全にこちらの存在に気づいた上でぶつかってくる女がいます。彼女たちの狙いは・・・不明です。

 

例えば細い道を歩いていて前方から道いっぱいに広がって歩いている集団の女がいるとして、このままだとぶつかるのであなたが道の端に寄って歩いたとします。するとあなたが寄った側を歩いている女は道を開けるはずです。これが普通の女です。

 

ですがぶつかってくる女は違います。なぜか道を開けずにそのまま真っすぐ歩いてくるのです。統率のとれた軍隊のように編隊を崩さずそのままチャージしてきます。

 

いやお前さ、いま目合ってたじゃん?俺避けたじゃん?お前ら集団じゃん?強制スクロールステージの真似でもしてんの?

 

メンチを切りながらぶつかってくる女どもにいくらこんな事を考えても無駄です。そもそも奴らは自分がぶつかられたくらいに思っている(女の脳は反射的に被害者ポジションがとれる)可能性すらあります。

 

道を歩く女は単体でも油断はできない

10000歩譲って「急に前から人が来てとっさの事で誰が避ければいいかわからなかった」としましょう。しかしそんな言い訳すら成立しない究極のバカがいます。それは避けないどころか幅寄せしてくる女です。

 

奴らは完全に目が合っている上、こちらが避けているのに幅寄せの要領でスペースを詰め、体当たりをかましてきます。こっちから見ると女がメンチを切りながらにじり寄ってきてぶちかましをしてくる姿はかなり不気味です。きっとストーカー化した女の人が包丁で男を刺すときもあんな感じで近づいてくるのでしょう、怖いです。いっそアホそうなヤンキーの方が狙いがわかる分安心できます。

 

しかも意味がわからないのがぶつかった後の反応です。まるで驚いたような顔をした後、不機嫌そうにもう一度こちらの顔を睨みつけて通り過ぎていきます。まるでこちらが悪者にされたような気分です。

 

ちなみに先日もこのタイプの女に体当たりをされました。ぶつかった後ポケットの中の財布や携帯も確認しましたがちゃんとありました。「チッ・・・」と舌打ちをされましたが、もしかするとあれはスリに失敗して不機嫌になったからだったのかもしれません。

 

道で歩く女は危険なので要注意です。立ちふさがるもの、壁を作ってチャージしてくるもの、単体でホーミングしてくるもの。

 

道を1人で歩く女性にひったくりや性犯罪の危険を啓発するポスターなどはよく見かけます。ですが実際には女の人が道端で凶器と化し男に襲いかかることのほうがよっぽど多いのです。

 

女の人は自分の胸に手を当てて気づかないうちに迷惑をかけていないか?考えてください。また自分で反省できない娘や妻や恋人を監督・教育するのは男性の役割です。見限らずに、きちんと手綱を握って立派な女に教育してあげてください。

モテたいブサメン・負け組の男は肩書をお化粧するといい

女の人は化粧をして常に男を騙しています。女性は化粧は「詐欺」や「騙し」には当たらないと思い込んでいる人ばかりなので、なんの抵抗もなく「化粧するなんて当たり前の事でしょ?」と正当化します(正当化してない女性はごめんなさい)。

 

ですがこれってかなり不公平ですよね?本当はブサイクなのに同レベルの男はブサイクなままで、女だけ化粧して身の丈に合わない待遇を受けるのですから…女だけ化粧してズルいですね。

 

きっと「女だけズルい」というと女の人はこう思うはずです。「だったらグズグズ言わずに男も化粧すればいいじゃないか」、と。ごもっともです。

 

女性たちの許可も得たところで私が提案したいのは、男も化粧をすることです。ただし化粧をするのは顔ではありません、肩書です。

 

モテない男は肩書をお化粧しましょう!

 

男から見た時の女性の顔は女から見た男の肩書です。ブサイクな子でも化粧すればそこそこ相手にできますよね?それと同じことで、モテないダメ男でも一流大や大手企業とか資産家とか適当なワードで女性と同じように化粧するだけでそこそこ相手にされるようになります。

 

そんな事をしても本人は何も変わってないんだから無理に決まってる、そう思う方もいるかもしれません。しかし現実は違います。女の化粧を男が簡単に見抜けないように、男の肩書の化粧も簡単には見ぬかれません。

 

例えばですが、世の中にはわけのわからない高級品を買い漁って1人で喜んでいる女の人がたくさんいますね?高いだけ、CMでイメージを作ってるだけなのにふらふらとショーウインドウに吸い寄せられていく女の人がいますが、あれは女性特有のホルモンや脳の作りのせいだけではありません。あれって結局自分のものさしを持っていないから値段とかブランドにころっといっちゃうんです。

 

女の人は自分の脳で判断しなくても価値のわかりやすい「ものさし」みたいな物に目がないので、「ものさし」さえつけておけばころっといくんですよ。

 

↓わかりやすい例


合コンで無理な男性が金持ちだと分かったらオンナ達はどうなるのか?【検証実験】

 

もちろん自分の頭できちんと考えられる人からは見抜かれると思いますが、そういう人はそもそも顔や肩書ではなく人間の中身を見ることができる人間なので、女の人みたいに肩書を化粧する必要なんてありません。

 

ですが現実にはほとんどがものさし族の女ばかりです。自分で判断することはできないくせに要求水準ばかりが高い。バカ舌なのにグルメ気取りのデブみたいなものなので、コンビニのパスタ(あなたのことですよ)でもジョエルロブションのケータリングとか適当な事言えば喜んで食べますよ。

 

こう言うとものさし族の女は簡単に騙されるかわいそうな人達という感じがしてきますが、現実は逆です。ものさしで判断するっていうのはむしろ差別的である証拠なんですよ。何かの基準を満たしているか、いないか、それだけで全てを判断してるってことなんですから。総合的な視点や個人個人の人格への敬意ってものが欠落してるんですね。そのくせ少しでも固定観念や偏見とみなせるものがあると全力で被害者ポジションをとりながら攻撃してきます。(たぶんこの記事も理由をつけて攻撃するはず)

 

私は上で「自分の頭できちんと考える人からは見抜かれる」と書きましたが、こういうのは男の思考なんですよ。女の人は「○○だからxx」みたいなものでただふるいにかけていくだけの人が多い。ものさしを見つけた途端に、まるでスイッチを切り替えるかのように擦り寄ります。例えば中・高校生くらいの時に陰キャラでモテなかった男に10年ぶりくらいにあった時にそいつがいいとこの会社員だったりすると180度態度を変えて「実はあの頃恥ずかしくて声をかけられなかったの」とか舐めた言葉を平気な顔で口にできるんです。

 

肩書を化粧すると確かに女は擦り寄ってきますが、立派な女性はおそらくいません。なんといっても擦り寄ってくるのは基本的にものさし族ですから。ですが女には代わりはありません、差別せずに博愛の精神を持って相手をすればいいのです。非モテを卒業できるまでの間は化粧する者同士で楽しく過ごせばよいのです。

 

嘘を付くなんて自意識過剰なことは考えないでください、これは女の人から始めたことなんですから。ブサメン・負け組の男は肩書を化粧する、ものさし女は顔を化粧する。ただそれだけのことです。

 

ただし一つだけ気をつけて欲しいのですが、化粧をしない女性相手に肩書を化粧しないでください。あくまで相手が悪いことをしているからこそ許されるんです。

アイドルビジネスにおいて「一方的な好意」はありえない

アイドルの熱烈なファンがストーカー化して事件を起こすたびに、アイドル側がファンを非難するときに口にするフレーズがある。「一方的な好意」というフレーズだ。

 

ファンが暴走して犯罪を犯することは当然非難されるべきだと思う。だがそのファンが暴走する背景となったファンのアイドルへの感情をなぜ「一方的な好意」と断ずることができるのだろうか?

 

第三者がそう主張するならまだ筋も通るだろうが、アイドルビジネスの運営側やアイドル本人が「一方的な好意」という言葉をなんの躊躇もなく後ろめたさもなく口にすることが理解できないのだ。

好意を抱かせて売りつけるのがアイドルビジネス

アイドルは擬似的恋愛関係を利用してなりたつ職業だ。全国の童貞・童貞的傾向を持つ非モテの男たちに本来手の届かない「憧れの女の子像」を提示しその女の子が愛嬌よく笑い話しかけ媚びを売る事で、恋愛代替物としての地位を獲得することでアイドルはアイドルとして存在できるのだ。そして以下に恋人のような振る舞い見せつけて恋愛対象としての渇望を沸き立たせられるかでビジネスが成功するかが決まる。

 

そしてその手の届かない恋人=アイドルへの渇望を埋めるためにファンはアイドルグッズを購入するのだ。非モテを魅了することと渇望を利用して売りつけることがセットになってアイドルビジネスは成り立つ。

もし恋愛感情がなければアイドルグッズは誰も買わない

はっきり言ってアイドルはモデルほどスタイルもよくなければ女芸人ほど面白くもない、歌手として勝負できるほどの歌唱力もなければダンサーとして食っていけるほどの踊りもできない。

 

はっきり言ってアイドルは何もかもが中途半端なのだ。「そんなことはない!○○ちゃんの歌も踊りもプロ級だよ!」と言う方もいるかもしれないが、プロ級とは素人の割には上手という程度の意味でしかない。そしてプロの中でも食っていけるのはトッププレイヤーだけである。プロはプロでもバイトしながらたまに頭を下げて出させてもらって数千円程度のおひねりを貰えればラッキー程度のプロと同じくらいのレベルでしかないだろう。

 

もちろん実力的には大したことがなくても稼いでいるプロもいる。武井爽も言っていたが、女子ゴルファーなんかはたいした実力がなくても美人ならミニスカートをはいて媚びを売りながらコーチをすればゴルフでメシを食べる”プロ”としてそこそこの稼ぎを手に入れられるだろう。

 

アイドルのプロ級とはこういう”プロ”としてのプロ級という意味だ。実力がなくてもミニスカートはいてオッサンに媚びを売れば「女の子」の土俵で勝負が出来る。そして恋愛感情を沸き立たせられればられるほど生徒数も仕事も手に入るだろう。世の中にはそういう仕事の仕方があるのだ。一般的に色恋営業と呼ばれるものだ。

 

そしてアイドルは色恋営業を極めた専門家の一つなのだ。

 

色恋にかけられて非モテは踊り一本で食えるほど上手でもなければ歌一本で食えるほど上手でもないアイドルが歌って踊ってるDVDに喜んで金を出す。なぜならDVDの価値は歌でも踊りでもない、歌って踊ってるのがアイドルだという点にあるからだ。

 

ファンさえ獲得できれば本物ある必要はない、本物でなくともファンから見ればアイドルの顔が書かれた紙は福沢諭吉の顔と同じ価値を持つからだ。

アイドルとはプロのオタサーの姫である

スタイルも顔も特別よい必要はないし歌や踊りの実力も特に必要はない。だが”かわいくて”、”頑張ってて”、”純粋な性格”である姿だけはアピールしなければならない。色恋営業に全てがかかっている以上、ここだけは譲れない。

 

そのためによく用いられる方法が舞台裏を見せる手法だ。本来表に出ないはずの舞台裏で汗を流し泣き笑い、時たま垣間挿入される”普通な女の子の表情”に非モテのドルオタたちは胸を突き動かされるのである。

 

もちろんこの舞台裏手法は手法であり計算されたものだ。その証拠に喧嘩のシーンも仲間割れのシーンもオタクが何色を示しつつも受け入れられる程度(リアリティーを出すため)の物に制限されているし、そもそもほんとにえげつないことはカメラのいないところで行われている。

 

目的はアイドルの見せたい面やアピールしたい面を「舞台裏で見せる本当の顔」として見せることが目的なのでアイドルがタバコを吸いながら彼氏とオタクの悪口を言いながらいちゃついてるようなシーンは絶対に流れない。

 

アピールするのはとにかくカワイイ女の子である点だ。リーダー的表情も性格の悪い表情も全て女の子の種類・属性としての役割しかない。

 

本当はたいした努力をしていなくても汗するシーンを写せばオタクが「頑張ってて偉い!」と褒めちぎり、泣いていれば「辛くてもめげない○○ちゃんすごい!」と褒めちぎる。そしてクソつまらない微妙な腰振りダンスをみて「練習の成果だ!立派だ!上手!」と蛍光棒を振り回しながら汗を飛び散らせるのである。

 

まさに元男子校に数人だけいるブサイクな女子生徒のようだ。踊りも歌も下手でいい、頑張ってる姿さえ見せればいい、そうすればみんなが下手でもかばってくれるし応援(購入)してくれる。

 

とにかく媚びを売ってパンを買ってこい飲み物を買ってこいと取り巻きにパシらせるオタサーの姫、これを大人たちが姫側も取り巻き側も本気でやっているのがアイドルビジネスなのだ。

 

アイドルは好意を抱かせることが一番の仕事

歌も踊りも大切ではない、でも頑張っている姿だけみせればいい。顔もスタイルもよくなくていい、最低限のレベルでさえあればいい。なぜならファンは気にせずにお金を出してくれるから。

 

そしてお金を喜んで出すのは結局アイドルがオタクたちに恋愛的渇望を抱かせる事に成功しているからである。アイドルは好意を抱かせる事こそメシの種なのだ。

 

仮にアイドル自身に実は歌手として一本でやっていける才能があるとしよう、たとえそうだとしても結局媚びを売って下手な歌を量産しながら握手しまくったほうが儲かる。歌を上手になる努力は非効率だし媚びを売って握手しながら「来てくれてありがとう」と目を見ながら微笑んだ方がファンとのつながりを強固なものに出来るのだ。

 

中には本当は歌手や女優にあこがれていてオタクは踏み台、アイドルは名を売るための手段程度にしか考えていない者もいる。本当に実力があればそっち一本で頑張れよと言いたくなるところだが、実力の世界で勝負するよりオタクに媚びを売って知名度を売るほうが戦略的には正しい面もある。アイドルが数週間稽古してドラマに出るなんて昔から珍しくもない話だ。

 

結局アイドルは恋愛感情を抱かせて搾取する色恋営業の世界の住人でしかないのだ。主なファン層である童貞オタクの精神的貧困を利用して知名度や金を搾取する、性的弱者を利用した貧困ビジネスの一種と思ってもらっていい。

 

だがファンは危機に直面する。嘘が嘘とわかった時だ。全ては名を売るため、金を稼ぐために利用されただけだったのだと気づいたとき、ファンは絶望する。

 

なぜ絶望するのか?

 

手元にあるのが下手な歌と下手な踊りを写しただけの価値のない映像の映ったDVDでしかないことに気づくからだ。ゴミをただ価値があるものと思い込まされて売りつけられただけだという事実に気付かされるからだ。

 

アイドルは色恋営業と言ったが、まさに恋愛詐欺に会った時のような強い精神的動揺に襲われるのだ。「時のような」と言っているのは単に今の所立件されたケースがないからだ。だが現実にアイドルグッズも高いものは新興宗教が売りつける高いツボのようなものだし、握手券付CDは布教活動のためのノルマとして押し付けられる教本のようなものだ。

 

宗教との違いは単におっさんか女の子か?許しや幸せを得ようとする感情かカワイイ女の子のを得たいと思う感情か?に過ぎない。

 

宗教で騙された人間は何年もの時間と決して少なくはないお金を無駄にする。被害者は「決して許せない」「振り回された時間とお金を返してくれ」と訴える。中には本気で殺意を抱くものもいる。

 

宗教側は「一方的で勝手な言い分」「全て本人の自由意志で行われた」などと主張することに決まっている。

 

アイドルの事件が起きるたびに運営側や同じく人気商売であるテレビタレント達が「許せない」と憤りの表情を見せるたびに思うのだが、その「許せない」はどういう意味の「許せない」なのだろうか?

 

一方的に搾取していいはずの対象から予想外のしっぺ返しを食らう可能性に気付かされ、苛立ちを抱えつつ一方的な被害者の側面をクローズアップして正当性を主張するための「許せない」なのではないだろうか?

 

アイドルが好意を抱かせて獲得したファンにグッズなどを売りつけて利益を得る商売である以上、好意は自然発生したものではない。「一方的な好意」はアイドル側が誘導し創りだした意図的なものだ。

 

このアイドルの言う「一方的な好意」が文字通り、搾取するための「一方的に好意を抱くように」作り出された感情であればそれはなんと哀しいことだろう。ファンはただ「一方的に好意を抱き」、「一方的に」金を貢いでさえくれればいい存在だとみなしている事にほかならないではないか。

 

ファンから見ればある意味究極の裏切りである。あんなに笑顔を振りまき励ましてくれたから応援したのに「一方的な好意」なのか?と。ではあの笑顔はなんだったのか?ただ単に金をむしりとり名を売るために利用したのか?と。

 

熱狂的なファンほどアイドルは好意を向けてくれていると感じているし、アイドルサイドもそう感じるように計算しているはずだ。ファンは好意を向けてもらえていると考えているからこそ下手くそなCDやDVDを買って好意を表現するのだ。

 

一方的の意味が「一方通行」という意味なのか、それとも「一方が勝手に抱いた感情」という意味なのかはわからない。だが少なくとも後者の「一方が勝手に抱いた感情」という意味の好意はアイドルビジネスにおいてはありえないことだ。

 

だとすれば一方的な好意の意味は文字通りの一方通行という意味で、「ファンは好きかもしれないけど私達は金づるとしか見ていないわ」という意味なのだとすればそれはまさに恋愛詐欺である。何らかの報復を受けても致し方ない所業ではないだろうか?

 

※書き終えて今気づいたことがある。後者の「一方が勝手に抱いた感情」という意味はありえないと思っていたが、もしかするとこのパターンすらありえるのかもしれない。アイドルがどういう仕組みで回っているのかもわからずに無意識に、息をするかのように相手の好意を利用して搾取してきたタイプのサイコパス的傾向の人間が。万引きを悪いと知らずに行なってきて、初めて注意されて「そんなつもりじゃなかったんだけど!?」と逆切れするタイプの人間がいるかもしれない。

 

宗教と同じでアイドルを直接的に取り締まる法律はない。たとえ教祖が刺されても被害者は一方的に加害者として断罪される。恋愛感情を利用して搾取するというグレーな業態である以上、なんらか規制が必要なのではないだろうか?

 

もし30歳になる彼女と縁を切るなら早めにしたほうがいい、株価が暴落する前に

女は若さを自分の価値の一部と理解している、なので30前後になるとまるで値崩れする株を売り抜けようとする投資家のように自分を結婚市場に売りを確定させようとする。ではその後値崩れした株を引き受けて損を被るのは誰か?もちろん「彼女が愛している」はずの男性である。

 

ここで考えて欲しいのだが、もしあなたが大切にしている仲間や友人になにか物を売ることになったとしよう。これから値崩れするのをわかっている、もう期限が迫っていて使い物にならなくなるのをわかっている、そんな物をあなたは本当に大切な仲間や友人にすすめるだろうか?

 

もちろんすすめないだろう。相手が損をするのが確実だからだ。「値崩れするからやめたほうがいいよ」「同じくらいいいものがあるから期限切れでないものにしたほうがいいよ」そうすすめる人が大部分なのではないだろうか?

 

もちろん中には「それでもいい」「いえ、その期限切れのそれを気に入ったのです」などという事を言うものもいるかもしれないが、本当に相手を大切に思っているのであれば相手は冷静でないと考え頑として断るべきだ。

 

もし「それでいい」というような言葉を相手から引き出そうとするような奴がいたとしたらそいつは最初から「ウマい取引」をしたいだけの汚い人間だ。相手のことなど何も考えていない。

 

そして「ウマい取引」をしたがるのは自分の利益しか考す友人や仲間を犠牲にしようとする人間だけではなく、30前後で急に結婚を迫ろうとする女にも同じことが言える。

 

30前後で結婚しようとする女は旬は過ぎ価値は暴落するのが秒読みに入った段階で「女」をうまく売り抜けようとしているのだ。

 

若い女には価値がある。なので男からチヤホヤされプレゼントを受け取る。アホでも素行が悪くても愛想がなくても、美人ですらなくとも女としての価値があるのだ。なので最低限の化粧をしスタイルさえ気をつけておけば男から言い寄ってもらえるのだ。

 

女が30という数字に敏感に反応して結婚しようとするのも、結局はこの「若い女」でいられるのが29歳までだからだ。女の価値は29歳から30歳になった途端に暴落する。もういままでのような甘い態度は男から許されない、おばさんはもう女ではないのだ。

 

これは株に例えれば資本金を切り崩しながら無茶な配当をくりかえしてきた株とおなじだ、中身はペラペラで価値はゼロに近く状態が表沙汰になれば誰も買い手がつかなくなる。ただし配当だけは出るので値崩れする前にうまく売り抜けてさえしまえば大儲けができる。ツケは新しい株主に押し付ければいい。

 

結局得をするのは配当を手にして売り抜けた株主と倒産を視野に入れた放蕩経営で甘い汁を吸った経営者だ。

 

売り抜けた株主は若い頃をタダで楽しんだ男たち、甘い汁を吸った経営者は女自身、そして30になるツケを押し付けられる新しい株主はもちろん30女と結婚する婚約者だ。

 

結婚を年齢や条件で捉えたくない男性は多いと思う。条件ではなく恋愛の延長線上に結婚があってほしいと思う気持ちも理解できる。

 

だがあなたがいくら愛で捉えようと女は結婚を条件で見ている。条件の良い男性を優良物件という言葉に例えるのもその現れだ。しかも自分たちは条件で見ておきながら相手の男には「結婚を恋愛の延長」として捉えさせることで女自身の価値を品定めさせないようにしようとする。

 

結婚の現実は条件で動いているのだ、恋愛で捉えて一方的に買い叩かれているのは男の側だけなのである。

 

「いいや彼女はそんな人間ではない」「内面を見てくれている」と思っている男性諸君は一度目を覚ますべきだ。一体どこに「あなたのお金と家と扱いやすい気の小ささが気に入ったから」などと言う女がいるだろうか?むしろ「わたしはお金なんてどうでもいいの!」といって金持ちに擦り寄るものだ。おそらくあなたは金持ちではないだろうがそれは問題ではない。本当にあなたを選んだ理由が伝えられることはないということが問題なのだ。「条件」ではなく「恋愛」という建前を通すには耳障りのいい理由でなければならないから現実をあなたが彼女の口から耳にすることはできない。

 

厳しいようだがあなたにはさっさと縁を切ることをおすすめする。女の人は星の数ほどいるのだから結婚相手にわざわざ問題を抱える必要はない。しかもこのまま「暴落」が近づけばより鬱陶しくしがみつかれるだけだ。ヘタをすれば「何年も付き合って30歳を迎えても交際を続けるのは婚約したようなものだ」などと強弁をされるリスクすらある、たとえあなたが20前後の頃の彼女を知らなくても平気な顔でそう主張するだろう。

 

また逆に女性にアドバイスしたい。本当に相手の事を思っているのであればもっと若い段階で結婚をすれば「女の値崩れ」を押し付けずに済む。30前後での駆け込み婚女ははっきりいって女としての価値が下がって通用しなくなる前に売り逃げようとしているようにしか見えないので、男からの見る目も厳しくなってきている。相手を騙そうとせず素直に自分の価値を受け入れることが大切だ。

女にビンタされたら全力でビンタし返すことが男女平等につながる

あなたに否がないのに女に顔を叩かれたとしよう、おそらく即座に叩き返すのを躊躇してしまう男性は多いと思う。また逆に女に否がある場合でも、躾のために顔を叩こうとする男性もおそらく殆どいないと思う。

 

だが女は男性とは違い、顔をビンタする事にあまり躊躇がないように見て取れる。ドラマや映画のワンシーンなどでも大抵女→男への暴力であり、逆はあまりみられない。

 

なぜ女は平気で男を殴れるのだろうか?

 

ひとつは女が男性の優しさに甘え、つけ込んでいるという構図がある。

 

つまり「ワタシが叩いてもあんたはやり返してこないでしょ?」という認識を持っているのだ。基本的に女は優しさを逆手に取る事を平気でできてしまうマキャベリストの集まりなので、下手に出るもの・反撃してこないものと判断した場合にはとことん調子に載って増長するようにできている。

 

もうひとつは「男女の体格差」をまるで免罪符のようにばらまいて洗脳してきたからだ。

 

男性の方が体格がよく女はか弱いので、という理由だ。なぜ体格差があればなぜ一方的に暴力を振るってよいのかも意味不明だし、仮にそうだとしても一般的に口は女のほうが立つとされているのに話力差で徹底的に男をやり込めようとする事の扱いはどうなのか?という点も問題になりそうなものだ。

 

だがこれらの批判点は問題にならない。女の脳には自分に都合の良い意見に対して批判能力を停止させることができるという便利な機能がついているのでそこは彼女たちのなかではすべて「は?なにこいつ理屈こねてキモーイ」に変換されてしまうのだ。

 

もちろん口が立つかどうかも個人差があるし、体格も個人差がある。女より口が立つ男も男より体格の良い女もいる。だがおそらく女達の中では実際には「体格差」などただ理屈をつけるためのもので本当は関係ないのだろう。強いものは弱いものに配慮すべきだからなどというのもこじつけなのは、女同士がしょうもないマウンティング合戦を繰り広げているのをみれば一目瞭然だ。

 

マウンティングは「ワタシが上アンタが下」というポジション争いをするものであり、弱肉強食の争いである。蹴落とし蹴落とされの戦いであり、相手の弱点を攻めるなどは当然のように行われる。体格差などただ不利な立場での戦いを避けるための口実に過ぎない、彼女たちは当然のように自分に有利な「差」でやり込めようと常に機会を伺っているのだ。

 

つまり女が男にビンタをしてもいいけど逆はダメというルールがなぜ謎だらけなのか?それはそもそもただの身勝手なルールに過ぎないからだ。論理から出たルールではなく女に都合が良ければそれで良いという視点でのみ作られたルールだからだ。

 

「体格差」などという女のわがままを通すための口実を真に受けてしまった時点で男性はられて手のひらの上で踊らされているのである。

 

男性が「体格差」を持って不公平だからと躊躇しようが、女は自分に有利な「差」はどんなものでも使ってくる。女は自分に有利な「差」だけを認め、不利な「差」を平気な顔で攻撃できる精神構造を持っているのだ。

 

そもそも「暴力はいけないね」で済む話をわざわざ「女に暴力をふるうのはサイテー」などと言う時点でおかしい。まるで「男に暴力をふるうのは許される」とでも言わんばかりではないか。

 

女は一方的に暴力をふるう。「体格差」に劣るのであればそもそも体でぶつかり合うようなコミュニケーションを選ばなければよいのだが、男がやり返してこないので女は「体格差」という最強の盾を持って安心して男を殴れるのだ。

 

これは男に原因もあると思う、あまりに長い間甘やかしすぎたのだ。一方通行の暴力が許されるなど行き過ぎであり男女平等ではない。この認識を改めさせるには男が変わる必要がある。

 

ではどう変わるべきか?「顔を叩かれたら叩き返す」ように行動パターンを変えるのだ。

 

女が平気で男に暴力をふるうのは自分が叩いても自分はやり返されないと考えているからだ。この認識を直してあげるには即座に叩き返して諭すしかない。最初は女からの口答えもあるだろうが、自分が叩かれたときに口答えしたら女はどうしてきたか?を考えて判断してほしい。

 

男にビンタをする癖がある女はビンタをすればすぐに治る。女があなたを殴るのは身勝手さからかもしれないが、あなたのビンタは女性教育であり躾であり愛のビンタだ。

 

もちろん最初のうちは相手と同じように怒りに身を任せてしまうかもしれないが、問題はない。男をビンタしても許されるいう認識への教育効果はしっかりある。それに全力で互いにぶつかり合っているのだから落ち着いた後はむしろ前より愛が深まるだろう。

 

もちろん女から男へ一方的にビンタが行われるのは恋人間だけの話ではない。だがその場合にもどうか躊躇しないでほしい。あなたがそこで身を持って気づかせてあげなければ、第2第3の被害者が生まれ、目の前の女も過ちを重ねる事になるのだ。過ちを重ねた結果恨まれて男から刺されたりしたら命も落としかねない。彼女を救えるのはあなたなのだ。

 

本当の男女平等は互いに口でも体でも遠慮無くぶつかり合う事でしか実現できない。一方的な暴力は卑怯だが、やり返さないことは相手を舐める行為とも言える。安心してほしい、男も女も十分に強い。女を舐めるな、男を舐めるな。

 

最後にひとつ「体格差」が気になってやっぱりビンタし返すことができないという男性もいると思う。そんな男性におすすめなのは体格差の比率に応じてビンタをすることだ。男女の筋力は女がおよそ男の7割ほどと言われている。なので仮に女が全力でビンタをしたとして、それに対し男が7割以下の力でビンタをする分には体格差は問題にならない

 

DVが一時期社会問題化したが、女から男へのDVはあまり問題視されることがない。これは男の恥の意識もあるせいで表面化しない事もあるだろうが、一番大きいのはやはり「女は男を叩いても許される」という意識が蔓延しているからではないだろうか?

 

この意識の背景には男が常に受け身でいたという積み重ねがある。「男は何もやり返さない=やってもOK」という風に誤った認識が広まってしまったのだ。そしてこれはある種「男は強い、女は弱い」という性差別的思考も下敷きになっている。

 

男がビンタされ、女もビンタし返される。この事実が繰り返されることで「男は何もやり返さない=やってもOK」という認識、「男は強い、女は弱い」という性差別的思考も薄まっていくだろう。男はやり返すし、女はビンタ程度で傷つきはしない強さがあることが認識されるからだ。

 

女にビンタされたら男はすぐにビンタをすべきだ、本当の男女平等はその先にあるのだから。